事業報告にある論文です。匿名者の放言として無視するにはもったいないのでぜひご覧下さい。
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はじめて社会人経験をなさる方にとっては、この職場が仕事人生のスタートとなります。あなた方一人ひとりにとって意義のある、新たな価値をつくる相互交流空間であることを願っています。私たちがあなた方に期待することは「考える職員になっていただきたい」、そして「行動する職員であってほしい」、この二点です。1.社会福祉の「社会」を考える
社会福祉は文字通り「社会」を外して語ることができません。
では、みなさんはこの現状の「社会」をどうのように受け止めているでしょうか。
先日(平成26年3月27日)、袴田事件の再審が静岡地裁で決定されました。「拘置、耐え難いほど正義に反する」との異例の拘置停止理由で、即日、東京拘置所から出る袴田さんの姿をニュースで見ました。テレビ画面を蓼む涙目で見入りました。死刑判決後の長期にわたる収監といつ執行されるかわからない死の恐怖のなかで、風を切る拳をもっていた青年の顔貌は深い心の傷によって痛ましさが滲むほどに変わり果てていました。袴田さんが黙して語らない拘禁反応的表情に権力が犯した罪の重さを感じました。30歳で逮捕されて48年間、死刑判決を言い渡されて34年です。一度きりの人生の時を逆回しすることはできません。
ところが昨日、静岡地検は即時抗告をしました。恐ろしいことです。組織がもつ悪について人間は深く考えてきました。が、人間の組織は複雑多様で過ちを繰り返します。人間の二次的資質・人格はこのような社会関係のなかで形成されます。反社会的行為といわれる多くが陽のあたらない湿った場で繁り、幼な子の柔らかな意思に寄生しながら本体を変質させていきます。
04年の内閣府調査では死刑制度を8割の人たちが支持する社会が日本という国です。08年のアムネスティ・インターナショナルの統計によると137か国が死刑制度を廃止しています。また、07年には、死刑制度廃止について国連が賛成多数で議決しています。極論をいえば国家権力による殺人が死刑です。死刑を望む世論の延長には戦争という殺人に行きつきます。
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明治43年(~44年)の大逆事件では幸徳秋水ら12名が死刑執行されました。冤罪です。この事件に激しく反応したのが石川啄木です。周知の通り、啄木は日清・日東戦争の勝利に沸く人々の流れから外れた位置から、世界の一等国になるという「坂の上の雲」を掴んだ社会に対して、「時代閉塞の現状」(明治43年8月)という視点からの鋭い批評を続けました。
「この立憲国のどの隅に、真に立憲的な社会があるのか?真に立憲的な行動が、幾度吾人の現前に演じられたのか?非立憲的な事実のみが跋扈しているような事はないのか?政治理想の結合なるべき政党が、この国においては単に利益と野心の結合に過ぎぬではないだろうか?」(「林中書」明治40年3月盛岡中学校校友会雑誌第9号)
政権交代前後の現代政治状況とまごうことなく重なるようです。しかも、特定秘密保護法・集団的自衛権行使の解釈変更・戦後レジームからの脱却・教育委員会改変等々‥‥。GNP世界第2位を実現し、順位を中国に譲り、国民が総中流意識を失った現状の社会には時代閉塞感が充満しています。その国民的感情の現れの一つが「ヘイトスピーチ」です。
地図の上に
朝鮮国にくろぐろと
墨をぬりつつ秋風を聴く
啄木がこの歌をつくったのが1910年(明治43年)です。この年、日本は韓国(1897年李朝朝鮮が大韓帝国に国名を変更)を併合しました。偏狭なナショナリズムは格差社会(階級社会)の貧困層のルサンチマンに寄生し繁殖していきます。
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歴史は繰り返すのでしょうか。23歳の寺山修二は
「マッチ擦るつかのま海に秀ふかし 身捨つるほどの祖国はありや」
とこの国の在り様を自らに問うていました。