寄稿コーナー

星野さん追悼集会に参加。②

星野さん追悼集会に参加。②
医師、吉川健明
  1971年の渋谷闘争で46年もの指名手配の末、一昨年17年に逮捕された大坂正明さんが、勾留中の東京拘置所から、「私の裁判を星野さんの事実上の再審として闘う」とメッセージが寄せられた。
  星野解放歌を作った丸尾めぐみさんのピアノと福山龍一さんのギターでミニコンサートが行われ、会場全体でソリダリティを涙を流しながら大合唱しました。ソリダリティは先日の文昭さんの葬式でも歌われたものです。
  弁護団が「巨大な腫瘍と文昭さんの死亡診断書に記載されているが、巨大な腫瘍にしたのは誰なのかはっきりさせることが国家賠償請求の鍵だ」「大坂裁判がでっち上げという国家犯罪を暴くため、裁判員裁判での審議を許さない」
  星野再審連絡会議代表の狩野光男さんが新たな闘争方針の提起を行い、洞口朋子杉並区議と全学連の高原委員長が決意表明を行ない、。最後に家族の訴えが星野暁子さんといとこの誉夫さんから行われました。
  星野文昭さんは、みそ汁とふりかけだけに麦ご飯だけの朝食を44年間続けながら世界のことを考えていた(暁子さんの挨拶)これと対極にあるのが今の安倍政権のあり方だ。労働者を虫けらのごとく扱い、利潤と効率だけを求め戦争に行き着く資本主義のあり方と徹底的に闘おう。星野さんの遺志を引き継ぎ戦争と改憲攻撃を阻止したい。

星野さん追悼集会に参加。①

 星野さん追悼集会に参加。① 
医師、吉川健明
  
7月26日「星野文昭さん追悼、獄死・国家犯罪を許すな全国集会」が杉並公会堂で720人の参加でおこなわれ、私も参加してきました。
星野文昭さんは、1971年に沖縄返還協定の欺瞞性に反対して闘われた渋谷のデモで警官1名が死亡したことで殺人罪をでっち上げられ、無期懲役の刑で徳島刑務所にいましたが、肝臓癌(11cm❌14cmの巨大な腫瘍!)にかかり、それを放置され、健康状態を考慮されず仮釈放の申請も却下されました。その直後4月東京まで移送され、昭島の医療センターで肝臓の半分以上を切除する大手術の末、術後出血と急性肝不全で5月30日になくなりました。国による虐殺です。
会場のロビーにには、星野さんの幼い頃からの写真や、刑務所作業で作成した鞄、絶筆となったアフガンの少女の絵などが飾られてました。集会は黙祷から始まり、追悼の映像が上映され、文昭さんと暁子さんをモデルにした演劇「ブラインドタッチ」を作成、演出した坂手洋二さんがビデオメッセージを寄せてくれました。文昭さんを長年支援してくれていた群馬の青柳晃玄さん(天台宗僧侶)が6月9日に文昭さんを追うように亡くなられ、26日当日が群馬で告別式で、その追悼も同時に行われました。、元参議院議員副議長の角田義一さんをはじめ、星野再審の証拠映像を撮影した元NHKディレクターの永田浩三さん、国鉄闘争全国運動呼びかけ人で、1970年代に韓国で、でっち上げスパイ事件の政治犯として服役したこともある金元重さん、映画「獄友」監督の金聖友さん、三里塚芝山連合空港反対同盟の伊藤信晴さん、冤罪犠牲者の会の十川正さん、高知星野さんを救う会で牧師の小西文江さん、医師で70年闘争の頃から獄中の医療接見を行なってきた山田真さんが、文昭さん追悼の思いを語りました。

7月5日法務省包囲デモに参加。320人が怒

7月5日法務省包囲デモに参加。320人が怒
医師 吉川健明
    先日、獄中44年で、肝臓癌にかかり、手術の末肝不全で獄死した星野文昭さんの追悼と虐殺弾劾の法務省包囲デモに参加した。320人以上の参加者は、喪章を着け、星野さんの遺影を掲げ、星野さんが獄中で描いた絵を何枚も掲げ、法務省一周のデモをおこなった。
 星野文昭さんは、1971年に渋谷で行われた沖縄返還協定反対のデモに立ち上がった。そのデモで警官1名が死亡したが、デモ隊のリーダーだった星野文昭さんが、実行犯としてでっち上げられた。1975年の逮捕から一審では死刑を求刑され、その重圧の中獄中精神病も発症するが非転向を貫く。1987年には最高裁で無期懲役の刑が確定し、以来徳島刑務所に収監されてきた。その間、裁判を通じて知り合った支援の暁子さんと獄中結婚もした。昨年夏、文昭さんは作業中に倒れたが、徳島刑務所は十分な検査もせず放置。急激な体重らを訴え、癌も疑った。3月になり、ようやく腹部エコー検査を行うがその結果を本人にも知らせなかった。この間本人と家族は、仮釈放の申請を四国更生保護委員会に提出していたが4月になり、突然訴えを却下。4月18日になって「エコー検査の結果が悪いからと」だけいわれ、東京昭島の矯正医療センターに車で移動。10時間かけて、手錠、腰縄付きで、トイレも車中を強制!
医療センターで造影CTやMRIの精密検査をうけ、大きさ11cm✖️14cmの巨大な肝臓癌であることがわかった!
 がんを手術で除去することも可能であることにかけ、5月28日5時間の手術を行った。しかし、翌日早朝に容態が急変、術後急性肝不全に陥る。暁子さんも呼ばれ、初めて手を握りハグもするが、それもわずか10分だけ。次の日の夜文昭さんは息を引き取る。
 文昭さんは、不屈の44年の闘いの末、獄死を強制されたのだ。日本の刑務所システムが彼を殺した。徳島刑務所が検査を怠っている間に癌は大きくなって手の施しようがなくなった。四国更生保護委員会はわかっていながら仮釈放の訴えを棄却した。刑務所所長も更生保護委員会の委員長も人事異動で逃亡した!恥ずかしいと思わないのか!もっと早く検査をしていれば、危険な手術に挑まずに済んだのになんということだ!
 昭島の医療センターも家族への説明もそこそこにセカンドオピニオンも認めず、家族の立会いも認めなかった。手術開始からなくなるまでいまだにブラックボックスだ。こんなこと許されていいのか!
 星野文昭さんが亡くなった責任を問うため国家賠償請求を現在提訴し、証拠保全を申請している。そうでもしなければなくなった原因はおろかデータ一つ明らかにされない獄中医療の闇を許してはいけない。

沖縄闘争を闘い、無実の罪で獄中44年(72歳)の 星野文昭さんが肝臓がんを患っています。

沖縄闘争を闘い、無実の罪で獄中44年(72歳)の
星野文昭さんが肝臓がんを患っています。
医師 吉川健明

星野さんの命を守ろう。
1971年に沖縄返還国会に反対して、デモが行われ、機動隊員一名が死亡しました。星野文昭さんはこのデモの指揮をしていましたが、この警官殺害の実行犯とでっち上げられ、1975年に逮捕され、1979年には死刑の求刑を受けました。
星野さんは重圧の中獄中で拘禁症状を発症しながら非転向で無実を訴え続けました。1審東京地裁では懲役20年の判決、2審東京高裁で無期懲役の判決が下り、87年の最高裁で刑が確定し、それから33年も徳島刑務所に閉じ込められ、強制労働を受けさせられてきました。夏の酷暑冬の酷寒の刑務所生活に加え、食事も過酷なものでした。文昭さんはそうしたら中、暁子さんと出会い、獄中結婚もしています。もう結婚32年になりますが手を握ったこともありません。

①この間再審請求をすると共に、四国更生保護委員会へも訴え、仮釈放を行うよう訴えてきました。この闘いの最中昨年夏、文昭さんは、腹痛と吐き気、気分不良を作業中に倒れてしまいました。この時の診断は「胃痙攣」だったのですが、直ちに精密検査を訴え、一旦は胃カメラもおこないましたが病変を見つけることはできませんでした。この後も文昭さんの体調不良と食欲不振は続き体重も5kg以上減少し、「見るからに小さくなった」(暁子さんの面会だより)
  しかし、徳島刑務所は超音波検査やCT検査などの検査を文昭さんに受けさせることをせず放置してきました。また血液検査などのデータを文昭さん本人や家族弁護団にきちんと明らかにすることをしませんでした。
  この3月8日ようやく腹部エコーの検査を行いましたが、文昭さんにも結果を教えませんでした。4月1日、更生保護委員会は、仮釈放の不許可を通達。
4月18日今度は突然文昭さんに「腹部エコーの結果に異常があるから」と言って、東京の昭島にある矯正医療センター(医療刑務所)に移動させたのです。車で10時間かけて!手錠と腰縄をつけ途中のトイレも車中で強制させられたそうです!
 そして医療センターでエコーや造影CT、MRIを受け、大きさ11cmの肝臓がんということがわかりました!ステージ2から3と告知されました。

②徳島刑務所も更生保護委員会も法務省も安倍政権も星野さんが肝臓がんまで患いながら獄中でいることを承知の上で、情報を隠しながら、責任を取らず、星野さんと支援者が諦めることを狙い、獄死させることを企んでいます。こんなこと人として許せない。
 星野さんをこのまま獄中でがんで死なしていいわけない。一刻も早く刑の執行の停止と釈放を勝ち取り、外で十分納得のいく医療を受けさせたい。癌の治療と療養に必要なのはまず何より家族の愛情であり、本人の生きる希望だ。こうしたものを奪っておいて治療はできない。そして、栄養と休養がきちんと取れることそれは刑務所の中ではないだろう。
もともと文昭さんに癌ができたのも超長期に渡る拘禁生活が原因だ。

獄中で肝臓がんを患う星野文昭さんを直ちに釈放し、十分な治療と療養を家族とともに受けさせましょう。
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星野文昭さんの仮釈放不許可に抗議する。② 医師 吉川健明

星野文昭さんの仮釈放不許可に抗議する。②      
医師 吉川健明

 星野文昭さんは、昨年夏、急性腹症を起こし倒れて以降、食欲不振と体重減少が続き、5kg以上やせ、50kgを割っています。癌の疑いを本人が持つのも当たり前です。当然、詳しい検査と治療療養をするべきです。ところが徳島刑務所は一度胃カメラの検査をしただけで、くわしいことを本人、家族、弁護団に開示していません。驚くべことです。また不整脈や長期にわたる慢性のアレルギー性皮膚炎など数々の病気に苦しめられています。刑事施設以外では、なんでもないことや簡単にできる検査もできず結果さえ十分教えてくれない。こういう状況に超長期にわたり放り込むことは刑の本質ではなく、とても更生保護とは言えないでしょう。 
 星野文昭さんは、明らかに無実なのに十分な審理もせず無期懲役とされ、44年にわたり囚われています。その間心身の病に苦しみながらも節を曲げず思想を貫き闘っていて、つれあいの暁子さんともう30年以上獄中結婚を続けています。しかし、彼らは手を握ることもできてない。文昭さんと暁子さんのこうした全く純粋な生き方は全国全世界の人々に深い感動を与え、私もその一人として止むに止まれぬ気持ちで意見書を書きました。委員会のみなさんはこうしたことをなんと思っているのでしょか?
 星野文昭さんの命と健康を守るため、今回の不許可の決定を差し戻し、直ちに再審理を行い早急に仮釈放の決定を行なってください。そして健康状況から考え、刑の執行を停止して、十分な検査と治療療養に専念できるようにしてください。昨年夏からの文昭さんの身体状況から考えると今回の不許可は全く常軌を逸したもので、本当にまた文昭さんが倒れたらどうしてくれるんだ!と言いたい。すぐにでも検査治療に取り掛からないと取り返しのつかないことになる。そのことを医療人の一人として強く訴えます。
以上上申いたします。
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