反民主主義へのいざない
天皇VS安倍という危険な図式

国を米国に売り渡す国賊安倍一味に真の愛国者・平和主義者である天皇・皇族が戦いを挑んでいる。
憲法遵守を宣言する天皇・皇族の発言や行動にシンパシーを感じる声がとても高くなっています。安倍政権につくか天皇につくかと二者択一を迫る意見も。そんな主張する人たちは、国政の主権者ではない天皇・皇族にいったい何を期待しているのでしょうか?

思い起こすのは、「天皇陛下お助けください」「政府は大政を奉還せよ」
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どと大書きされた某和菓子屋さんのトラック。でも、天皇の決起を期待する必死のラブコールは皇室に届くはずもなく、それらは次第に「見殺しですか天皇陛下」「最終警告です天皇陛下」と恨み節に。成就しない想いは怒りへとエスカレートし、「なぜ起たれぬか皇太子」「責任は重大ぞ皇太子」「徳仁よ地球が救えねば雅子愛子も死ぬんだぞ」と脅迫さながらの様相に。しまいには「超特権意識」「厚顔無恥」だと天皇家二代を叱りつける文章すら公表されています。自分の一方的な想いが通じないと愛が憎しみに変わる、まるで皇室ストーカーです。この会社の独特の宇宙観は一般に受け入れられるものではないでしょうが、天皇・皇室に古来からの伝統や神秘性を感じている人は、多かれ少なかれ同根ではないでしょうか。このトラックには「自衛隊よ合法的に起て」とも。戦前に青年将校が起こしたクーデター未遂事件2・26事件を彷彿させます。

天皇は国政に関する権限を有しません。国民主権は日本国憲法の基本原理です。日本国憲法の価値は象徴天皇制にあるのではなく、国際的に発展している人権思想や核兵器禁止条約などにみる平和主義が先進的に掲げられていることにあるのです。

天皇に世直しを期待するのは国民主権の放棄に等しく、安倍政権と同じ憲法破壊行為です。安倍憎しが天皇陛下万歳になってはいけません。平和憲法を守れという側が天皇大権の戦前回帰の道を突き進むのは倒錯した話です。天皇制は身分制度ですから、象徴天皇制の果たす役割というのはリベラルな人たちを前近代的な反民主主義思想へ誘導することにあるのかもしれません。天皇をめぐる護憲・平和勢力の陥っている思想状況を見れば、現実に象徴天皇制はそのように機能しています。(林)