ネット右翼ともたれ合う/小林よしのりさん=漫画家 朝日新聞2012.12.27
――安倍さんの育ちの良さは、小林さんの漫画「おぼっちゃまくん」の主人公並みですね。
「生き方は全然違うぞ。おぼっちゃまくんはカメに乗って好き放題やっているが、安倍氏は『名門政治家の家系』にこだわり、周囲の期待に懸命に応えようとしている。持病の潰瘍(かいよう)性大腸炎はストレスが悪化要因の一つとされる。今はよくても、首相として必ず困難な局面が訪れる。仮に病状が悪化しても、今度は決して『病気で辞める』とは言えないだろう。本人が極端に追い込まれかねない」
「安倍氏と朝日新聞がNHKの番組改変問題で対立した時、わしが漫画で朝日の記者を叱ったら、安倍氏から『ありがとうございました』と電話があった。いい人なんだろうが、そんなことぐらい放っておけばいいのに、とも思った。批判に弱いから、自分に味方してくれると心底うれしいんだろう。そんな安倍氏が今、精神的に依存しているのが、ネットを中心にわき上がる愛国心のバブルだ」
――小林さん自身、世の中を右傾化させた火付け役の一人では?
「確かにわしは自分の漫画で、世の中をもう少し右に寄らせてやろうとした。だが、今はそれが限度を超えたバブルとなり、ネット右翼と呼ばれる人々が出現している。安倍氏の首相辞任について、『腹痛でやめた』『ちょっと大人げなかったね』と発言したテレビ番組を、安倍氏がフェイスブックで『意図的な中傷』と批判する。するとネット右翼らがテレビ局に抗議の電話を殺到させ、キャスターを謝罪に追い込む。安倍氏はそれを『ネットの勝利』と持ち上げる。安倍氏は『味方がいる』という安心感を得られるし、ネット右翼は『安倍氏に頼られる自分』に価値を見いだす。だからこそ、安倍氏は党首討論もネット上でやりたがる。弱者と弱者のもたれ合いだよ」
――安倍さんだけではなく、ネット右翼も弱者ですか。
「グローバリズムや小泉構造改革の影響で、安定した仕事につけず人間関係でも孤立した人々が激増した。そんな人々の一部が『誰からも必要とされない無価値な自分』に履かせるゲタとして愛国心を使い、他人をたたいて憂さを晴らしている。『国を愛し、行動する自分は、そうでない人々より価値がある』というわけだ」
「わしは漫画で安倍氏を批判しているから、わしがネットで生放送をすると大挙して押し寄せ、中傷のコメントで画面を埋め尽くしてしまう。まるで暴走族だよ。現実との接点が乏しいから、陰謀論にもはまりやすい。安倍氏自身、テレビで痴漢逮捕のニュースの際に自分の顔写真が誤って流されると、『サブリミナル効果を狙った世論操作』と騒いだぐらいだ」
―安倍さんが口にし、ネットの人々が支持する愛国心は、小林さんの愛国心と違うのですか。
「靖国神社に言及するだけでは国を愛する証明にはならない。愛国心とは郷土の自然と共同体、祖先の歴史を愛し、子育ての環境を守ろうとする思いだよ。それを目指すには、歴史や社会のすべてに目配りしないと。『中国や韓国に負けるか』というマッチョイズムだけで、全体を捉えられるわけがない。高度成長時みたいに金をばらまいて公共事業で経済成長、というのも時代錯誤のマッチョ。わしに言わせれば安倍氏は『マッチョに憧れての身もだえ』だな」
―そうは言っても、安倍さんは小林さんと同じく改憲を目指しています。一致点もあるのでは?
「わしが改憲するなら沖縄の米軍を自衛隊に代える。対米従属が前提の安倍氏とは違う。このままでは言葉だけのタカ派自民党による一党独裁になってしまう。わしは対立軸としてリベラルな政党をつくりたい」
――小林さんが「リベラル」ですか!
「今、愛国心を体現する政党があれば、リベラルと呼ばれるだろうな。共同体を失って砂粒のようにばらばらにされ、他人に認められたい願望がまったく満たされない。そんなネット右翼のような人間たちの個をどう安定させるか。それを政治家がやらなければならないのに、安倍氏は逆にネット右翼に癒やされている。情けないよ」(聞き手・太田啓之)
■こばやし・よしのり 53年生まれ。89年「おぼっちゃまくん」で小学館漫画賞。
92年から「ゴーマニズム宣言」で社会や思想を論じる。近作に「ニセモノ政治家の見分け方」。
若者がなぜネット右翼になるのか?という問題は、「2008平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動」で、中島岳志(北海道大学教員)、安田浩一(ジャーナリスト)、高橋哲哉(東京大学教員)のトークでも取り上げられました。そこでは、教育現場や職場、あるいは家族からも疎外されてきた若者が唯一無条件で承認されるのが「日本人」という属性であり、日本人は優秀だと規定することで自己愛を満たしている、といった事が論じられました。排外主義は年々若者の間に広がり、朝鮮学校に対して器物破損事件や、韓流ドラマ放送のテレビ局への抗議デモなどが起こりました。「2012平和の灯を!ヤスクニの闇へ」でも、排外主義を掲げる多くの右翼団体、個人が「朝鮮人!帰れ!」と差別的なヤジを大音量で浴びせていました。 http://blogs.yahoo.co.jp/nkl3doai/9628274.html
「うちのじっちゃんが悪い事をしたはずがない」と、自分に連なるものを善と肯定して右翼思想を展開してきた小林よしのり氏ですが、今はネット右翼から攻撃されているようです。小林氏のネット右翼についての意見は「平和の灯を!ヤスクニの闇へ」で議論された内容と重なります。かつての「うちのじっちゃん」思想はまさに自己愛充足そのものだったと思いますが、今、小林氏は自己愛充足に懸命な人間群像をネット右翼の人たちに見出しているようです。
「自己肯定感」は流行語ではありません。自分は何者か?生きるとは何か?そして他者とは?人が機械ではなく、生身の「わたし」として生きるうえで向き合わざるを得ない、深くて重い問題を含んだ言葉です。この問題は支援にどう反映するのでしょうか?
(ジジ)