2011年12月

氷の花

土の中から出る霜柱じゃなく、枯れた茎につく霜柱。凍って膨らんだ水分が茎を破ってできたものだとか。シモバシラ(シソ科)が有名ですが、こちらはカメバヒキオコシ(シソ科)です。
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                                        御岳山 2011.12.29(ジジ

綾屋紗月十熊谷晋一朗 「発達障害当事者研究」医学書院 2008年

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綾屋紗月十熊谷晋一朗 
「発達障害当事者研究」 
医学書院  2008年

15年ほど前に自閉症のドナ・ウィリアムズの本がNHK特集で放送されてから、当事者が書いた本が多く出版されています。この本は、アスペルガー症候群の診断名を持つ著者の自叙伝ではなく、当事者研究です。

これは他者との関係での著者の違和感を契機とした、自己のありようへの実に丁寧な分析と考察です。それは同時に他者のありよう、ひいては社会の分析と考察でもあります。自己は他者を鏡とする事でしか認識できないからなのですが、そのため本書は優れた人間観察記だとも言えます。

様々な 症状の内実や原因が深く研究されていますが、頻繁に出てくる 「不安になる」「落ち込む」という記述に、発達障害を持つ人たちの困難さが示されていると思いました。症状自体よりも、周囲とのミスマッチから生じる疎外感、「自分はダメな人間だ」という思い、そういった自己肯定感のおぼつかなさが生きづらさの本質なのではないでしょうか?

「そのくらいの~感覚だったら私にだってあるわ。大げさなんじやないの?」ではなく、「ああ、私の『あの~感覚』の延長線上に、『この人の~感覚』があるのね。」と周囲が思う事が、「何よりも心強い理解となる」という記述は、自閉症スペクトラム(連続体)が自閉症圏だけではなく、健常発達との間でのスペクトラムである事の重要な指摘にもなっています。

感覚過敏、鈍磨、こだわり、独特の認知…発達障害の要素は、多かれ少なかれ誰にでもあります。そういった自分の症状を客観的に把握できているかどうかが、私たち支援者に問われるのではないでしょうか。「べてるに来ると自分のビョーキが見えてくる」(べてるの家)の言葉のように、当事者研究は実は私たち一人ひとりの課題だと思います。

私自身、音に悩まされています。一つは聴覚過敏です。音刺激に耳が痛くて街中や駅の雑踏がつらく、ひどい時は涙が溢れてきます。その後は決まって自己嫌悪と抑うつ状態です。昔はこうじゃなかったのに…これじゃ社会生活ができなくなるんじゃないか…もう一つは、錯聴なのか要素性幻聴なのかわかりませんが、機械音です。

人問の感覚は意識を集中すればするほど鋭敏になるので、違和感に焦点を当て続けると、ますますそれが大きくなってしまうかもしれません。自分の症状を客観的に対象化しつつも、そこに集中するのではなく、その対処法をお互いに話し合って笑いに変えていけるような仲間の存在が、やはり大切だと思いました。

とはいえ、この本は発達障害をもつ人の内面世界の理解にとどまらず、支援者が自分を知るためのきっかけとしても大変役に立ちます。教科書的な知識で発達障害を理解するよりは、得るものはとても大きいと思います。
(ジジ)

NHK総合 ドキュメント20min. 「路上で文学が生まれた」 ―転送メール

 金融危機と派遣切りによる失業、家庭崩壊などで増え続けるホームレス。そのホームレスたちが新たな文学を作り出そうとしています。
 
 作家・星野智幸が企画し審査委員長を務める「路上文学賞」に、多くのホームレスがメモ用紙やチラシの裏に、小説やエッセイ、詩、俳句、短歌などを書いて投稿しました。
 
 路上で生まれた言葉を掘り下げる番組です。
                               NHK総合
                    ドキュメント20min.
 「路上で文学が生まれた」
 放送日:12月26日(25日深夜)
 放送時間:午前0時40分~1時00分
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp

かつて、アメリカのホームレスの2分の1は精神障害者だと言われたことがあります。日本でも、知的障害、発達障害、精神障害を持つがゆえにこのすべり台社会(湯浅誠)に適応できずに、ホームレスになっている人が多くいると言われています。                                                                                         (ジジ                    

精神障害をもつ人への援助ー当事者研究の視点からー さぽーと12月号

精神障害をもつ人への援助
ー当事者研究の視点からー
「Support さぽーと」2011.12月号日本知的障害者福祉協会
 
知的障害福祉と精神医療・福祉とは互いに近接領域であるだけでなく、少なからず重なり合っています。
 
心因反応で入院治療を受けていたり、長期の社会的入院であったり、いわゆる触法問題であったり、精神医療福祉の分野には多くの知的障害者の存在があります。また発達障害に関する知見が豊かになると、それまで精神疾患と診断されていた人が実は自閉症圏の人であったりと、ますます精神医療・福祉は知的障害や発達障害の領域にウィングを広げていました。
 
ところが知的障害福祉からの精神医療・福祉へのウイングはどうでしょうか?
 
残念ながら、疾患理解や薬物療法やその副作用についてのとらえ方、地域医療・福祉の考え方(他法人、他機関との協同のあり方)等々両者間の壁が大きいように思います。あきる野市地域自立支援協議会の平成21年度の資料にも、知的障害と発達障害をあわせもつ人の支援に関して「精神科医療と知的障がい分野とのサービスの橋渡しが今後必要となってきている。」との報告がありますが、現実は知的障害分野からの精神医療・福祉へのアプローチは、不十分だと言わざるをえません。
  
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さぽーとにべてるの家の向谷地生良さんの記事が載ったのは、回が初めてじゃないのかもしれません。もしかして、編集部には精神分野との連携不足についての問題意識があったのではないでしょうか? 
べてるの家や当事者研究のことを初めて聞く読者には、少しカタくてわかりにくい記事だと思いました。まずは、浦河べてるの家「べてるの家の『非』援助論」医学書院2002年をオススメします。   (林

無責任の体系、安心のファシズム、石の花

丸山眞男は戦前の天皇制国家を「無責任の体系」と表現しました。「天皇陛下の御為に」と自らの行動の責任所在を御上に丸投げするヒエラルキーの中間者の無責任を示しています。実際には、頂点に位置した昭和天皇も退位、廃位等の責任を問われなかったわけですから、無責任の体系には昭和天皇も含まれます。
その意味では、私たちの法人は決して無責任の体系ではありません。そして今後も。

まつろわぬ民衆だったはずの商人の町大阪で、独裁者待望論が支持されている時代です。自分の問題として苦悩するよりも、大きな権威に身を任せた方がはるかに楽です。思考停止は最大の自己防衛かもしれません。

マイスナーとイヴァンの議論(坂口尚「石の花」)と、私たちの仕事をどうつなげるか?私たちは、どこで働こうと同じ問いに直面するでしょう。  (ジジ
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